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こんにちは

 投稿者:ハナ  投稿日:2009年12月 2日(水)10時51分24秒
  いつもお世話になっています。

>ところで、「素読舎のやり方に向かない人」がいる一方で、「素読舎に向いている人」も
>います。「skypeでレッスン」のお試し期間を経て、そのまま続けてくださっている生徒
>さんたちは、「向いている人」と言えるのではないでしょうか。


私は根石さんのレッスンのおかげで英語を楽しめるようになってきました。
だからこのやり方に「向いている人」なんだと思います。

私は英語をペラペラにしゃべれるようになりたいという憧れはありましたが、学生の頃は
英語は苦手科目で、大人になってからも何度か英語学習にチャレンジしましたが挫折ばか
りしていました。

単語を覚えなくちゃいけない、文法が分からなければ話せない、その辺に捉われていて、
自分が苦手とする文法を覚えることをやろうとしては、飽きて疲れてやめてしまうという
ような感じだったと思います。

根石さんのレッスンは音読のみなので私にとっては続けやすいものでした。国語も嫌いで
読書もしない私ですが、子どもの頃から音読は好きでした。ついでに言うと動物の鳴き真
似をするのも好きでした。本物っぽく真似ることが好きでした。
レッスンでは英語の音が出る口の形や舌の動きを教えてもらい、実際にやると自分でも驚
くぐらい耳で聞く英語と似た音が出せて、これがすごく面白いと思いました。

根石さんのレッスンは流れがゆっくりでした。
半年ぐらいは復習だけで十分と言われていたように思います。練習すればするほど口の動
きがよくなり、自分の納得するような音で英語の文を読むことは快感でした。
これを十分に味わうことが次のステップに進みたいという欲求につながったと思います。

手本の音がなくても自分で英語を読んで自分で音にするためには、どうしたってそこに書
かれていることを理解し、相手に何を伝えたいか自分なりのイメージができないといけま
せん。そのためには文法理解は必要ですし、一つ一つの単語のイメージをできるだけ深く
持つことも必要になってきます。ここからはレッスン以外で頑張らねばならいところです
が、より自由に英語を自分で音にしたいという欲求が、この頑張りの部分のエネルギーに
なっていると思います。(こんな風に考えるようになったのは、根石さんのレッスンを受
け始めた時から2年以上たってからです)

とにかく、今は私はレッスンも自宅での自分なりの英語学習も楽しんでいます。(サボる
こともありますが、、、)
これはおまけですが、実は私は俳句や詩なんかは全然楽しめなかったのですが、近頃は
ちょっぴり楽しめるようになりました。これは意味がよくわからない英語の文章を繰り
返し音にしながら、なんとか自分なりのイメージを持とうとあれこれ想像する習慣がつ
いたおかげだと思っています。(笑)
 

Naima さん、村田君

 投稿者:根石吉久  投稿日:2009年12月 2日(水)03時23分33秒
   Naima さんが abcd をやるのはまったく賛成できません。こんなことを言う村田君は脳味噌が薄いと思います。なんでこんなに薄くなってしまうのかわけがわかりません。まともに語学論をやらないから罰が当たっているのか。そうだとしたら当然の報いだと思います。
 Naima さんの問題意識のうち、三単現の s, 冠詞の有無、定冠詞か不定冠詞かなどは、知識としては基礎知識ですが、日本で英語を作った上級者について回る問題です。英語ネイティヴは5,6歳でもう感覚化されており、この文のこの場所でなぜ a なのか、この文のこの場所ならなぜ the なのかを説明できなくても、使う場面では間違えないということが起こります。a や the が冠詞だということさえ知らないのですが、使う場面では間違えない。
 東大の英文科の教授も間違えるが、ネイティヴの5,6歳は間違えないというような例はごまんとあると思っています。みんなしらばっくれているだけです。
 an apple と the apple を例にとると、日本人の文法意識では、apple という「同じ名詞」に、an と the という別の冠詞がそれぞれ付いたものととらえてしまうのは仕方のないことなのです。同じものにちょっと別のものがくっついたのだから、似たようなもんだろうと思ってしまうのです。文法意識から見れば確かにそうなのですが、ネイティヴの使用意識からすれば、an apple はこの形で一つであり、the apple もまたこの形で別の一つであり、もともと「別の名詞」だといっていいくらいなことが生じているのだと思います。an apple の不定冠詞を定冠詞に変えて、the apple にするのではないのだと思います。an apple でひとつの単語、the apple で別のひとつの単語であり、後に「そういえば、この両方に apple が含まれてるなあ」と気づくくらいなことが生じているのだと思います。生活語と語学の対象の言語は根底からして、「生きる世界が違う」のです。そういうことが、三単現の s, 冠詞の有無、定冠詞か不定冠詞かなど、すべてについて回るのです。

 ネイティヴの5,6歳の子供が全然迷わずに使い分けるようなことに、日本人の上級者が四苦八苦するということは、言語を初めから使用言語としている子供と、文法的に解析を通し、理解を通じてから感覚に至る外国語習得者の違いです。ごくあたりまえのことです。言語的ネイティヴは、感覚から理解に達し、外国語習得者は理解から感覚に達する。「起点」が違うし、ベクトルが違います。ネイティヴの使用言語では、イメージそのものが「ネイティヴ」なのであり、「土地」に対して「地付き」のものです。外国語習得では、イメージは「仮構物」です。外国語習得が本当に面白いのは、「仮構物」からでも根が生えるということです。無機物が有機物に変わるところです。本当に外国語に上達した人は、当該言語の「磁場」に暮らせば、少しずつそこに暮らしの根を張っていくでしょう。それぞれの上達のレベルに応じた、人づきあいによって。
 Naima さんはこの例の外側にいます。私もそうです。私なんかは、「日本語ぺらぺら」なのに、千曲市鋳物師屋という「土地」にすら根を張れないで、インターネットで英語のレッスンをしているような根なし草です。
 ですが、名前に「根」だの「石」だのあるせいか、百姓の育ちのせいかどうか、「根」のことはよく考えるのです。無意識のまま子供を「幼児英会話」などに通わせる親を「馬鹿」呼ばわりするのはそのせいかと思います。あのスチューピッドの親たちは資本主義にしてやられている人たちです。スチューピッドにキューピッドたちがやられ、子供が「石」になっていくのです。ガイジンの教室でどれほど活き活きと動き回ろうと、あれらの子供たちは、活き活きとした石=「ウマズメ」になります。

 いくら口の達者な英語ネイティヴの子供でも大人でも、神仏習合なら神仏習合の過程で「今来の神」をなぜ日本人は歓迎する性向があったのかなど、99パーセント以上の人が何の説明もできません。もしかしたら、100パーセントかもしれません。99パーセントと100パーセントの間に、99.99999・・・という分数もあるので、ひとまず100パーセントと言わないでおきますが、Naima さんは、ガイドとして腕を磨いていけば、0.00003パーセントとか、0.000000005パーセントとかいう数字の内にいる人になるのです。誰もその数字を正確には固定できないだけで、そんなもんです。

 Naima さん、試験は所詮試験ですから、とにかく合格してしまえばいいんです。その後の仕事というものは、仕事自体が教えてくれることがたくさんあるはずです。God と無冠詞で扱われるあの西洋の神は、日本人からすれば、the God だというような説明こそ、ガイドを雇う人に必要な説明であり、「今何言った? the と言ったのか」という質問に対して、The! だけを答えれば、向こうが「ふうむ」と考え始めるようなことで、いい仕事になるのだと思います。仕事をやっていけば、仕事が教えてくれると思います。文法意識が有効になる場面がたくさんあると思います。
 私は、欧米の政治力・経済力・軍事力の根底に  God という化け物がいると思っていますが、アジアの人間としては、あれも a god なのだと言いたいところがあります。a god のくせに、あんまりでかいつらをしすぎる。欧米の政治力・経済力・軍事力のすべてを、その根底に潜む God を、意識においては地べたに叩きつけておきたいというブンガクの心があります。あんまりでかいつらをするんじゃねえよと思います。このようなブンガクの心から言わせてもらえば、ガイド試験の問題集なんかに書いてあることのうち、7割、8割はでたらめばっかりだろうとも思っています。
 合格するまではそんな教材もどんどん使う必要がありますが、合格したら、柳田国男など読まれるといいと思います。柳田よりもニヒリズムの臭いが強いですが、最近のものでは、「性的唯幻論序説 改訂版」(岸田秀、文春文庫)なども、「常民」をとらえていると思います。(ただし、ほとんど毎ページに、「セックス」という語が登場します。)

 ネイティヴの5,6歳の子供の使用意識ににじり寄らなくていいのかと言えば、やはりにじり寄る必要はあり、三単現の s, 冠詞の有無、定冠詞か不定冠詞かなどをどうするかという問題は残ります。
 まずは、完璧主義を捨てるのが大事だと思います。そして、にじり寄ることを手放さないのがいいと思います。

 で、話は最初に戻ります。國弘正雄が、ネイティヴが日常で話すのは8割9割が中学の教科書レベルの英語だと言い、中学の教科書をやるのがいいと言いました。ネイティヴの日常会話が中学の教科書「レベル」であるのは本当です。ですが、そのことから、中学の教科書をやればいいという結論に結びつけるところは、脳味噌が薄いと思っています。やっぱりあれだけ英語をやると脳味噌が薄くならざるを得ないのかと思います。(私は若い頃のいっとき、オナニーをやりすぎて脳味噌が薄くなったような気がしましたが、岸田秀によると、資本主義にだまされていたということらしいです。)
 氷河が融けて水になって流れると、けっこうな水量の川になります。その川の流れだけ見ていると「中学の教科書をやれ」などという國弘流薄脳味噌の考えが出てくるのですが、その川の元には、どでかい氷河があり、そのどでかさは、ヨーロッパ語成立以後の全歴史のどでかさです。完璧主義は捨てるしかないと思いますが、ようしやってやろうじゃないかという無謀さも必要です。Naima さんは、そのどでかさの他に、日本語成立以後の全歴史という別のでかい氷河の水も流さなくてはならないのです。そして、全歴史という場合、書かれた勝者の歴史だけでなく、書かれてこなかった敗者の歴史も含むのですから。あるいは、柳田の「常民」のような、勝者・敗者の外側にいた人々の歴史も含むのですから。柳田の「常民」というものを外したら、日本というものはまるで説明できないのかも知れません。日本じゃなくてもそうなのだろうと思いますけど。幼児英会話に子供を通わせる親たちも「常民」なんだろうか。あの人たちは、日本の「常民」の歴史の中で、初めて「他者」を意識した人たちなのかもしれないのですが、やっていることが実に馬鹿です。日本人にとっての英語の問題は、そんなところにありゃしねえっての。

 で、なかなか話が最初に戻れません。

 三単現の s, 冠詞の有無、定冠詞か不定冠詞などは、易しい英語を扱うのでも難しい英語を扱うのでも、絶えず出会う問題です。だから、易しい英語をやればいいのでなく、難しい英語をやるのをお奨めします。抽象語のイメージの核をつかまえていた方が、ガイドをやる場合にも役に立つと思います。
 実際に使うのは易しい英語でいいわけです。だけど、抽象語のイメージの核を持っている人が使うのと、「易しい英語しか使えない人」が使うのでは、英語が違うのです。ものごとを串刺しにするのは抽象語であり、日本のガイドが持つべきものは、個別の無数の具体語の他に、抽象語です。普段の仕事の99パーセントは、木刀(易しい英語)で済むが、いざとなれば真剣(抽象語)を取り出せるというガイドになって欲しいと思っています。

 で、結論だけ言いますが、イメージ核受肉教材の「13万行以降」と、「8万行台」をやられるのをお奨めします。それを幹として、自分が本当に興味のある分野で、ご自分で自由に枝を生やしていただくのがいいと思います。
 とにかく、素読舎の練習を離れないというところが肝心だと思っています。
 

村田さん

 投稿者:Naima  投稿日:2009年12月 2日(水)01時06分11秒
編集済
  ありがとうございます。ではとりあえずABCDから中学生の教科書でお願いします。

スカイプを申し込む必要はありますでしょうか。出来れば自宅の電話で間に合わせたいんですが。

根石さんに相談してみてください。よろしくおとりなしを
 

Naimaさん

 投稿者:村田晴彦  投稿日:2009年12月 1日(火)23時44分4秒
  「英語シンタックスの基礎体力のやりなおし」、私でよければお付き合いさせてください。多くの人の練習に付き合うのは、今の私にとっていい練習になると思います。
平日午後の早いうちっていうのは、私にとっても都合がいいです。
考え方としては、土曜日にやっているコーチ同士の自立練習と同じような感じだと思います。
問題はテキストなんですが、根石さんの作ったABCDがいいかなと思います。でも週1で30分から1時間ていうと、Naimaさんとやるとすぐ終わってしまうかもしれませんね。
一通りABCDが終わったら、中学生の教科書を、何種類かやってみたいですね。
それも終わってしまったら、「アメリカの歴史教科書」なんてやってみたいです。これは私の方の希望ですが。
テキストは、根石さんとも相談してみたいと思います。
 

最後にもうひとつだけ

 投稿者:Naima  投稿日:2009年12月 1日(火)21時40分2秒
編集済
  一次試験が終わった8月末から二次試験に向けてスピーキングの練習を始めました。「すもう」「茶の湯」などについて1分弱の説明をする練習です。原稿を書いて覚えればいいようなもんですが、暗記したものは1つでも単語を忘れると、そこで真っ白になって収拾がつかなくなります。それで重要なキーワードだけ情報カードに書き留めて、それを元に英語で説明する練習をしました。

完全にシンタックスが日本語モードになってしまっていて、最初の言葉をどう切り出したらいいのか迷う事が多くありました。電話レッスンを徹底的にやっておれば、もっと「寝覚め」はよかったろうと思います。基礎体力不足です。

日本語圏で修得した英語力は3年間メインテナンスを怠ると、元のレベルを取り戻すのに必死でやって半年はかかるのではないでしょうか。私の場合、時間的余裕がなかったので猛然とやっていたわけではありませんが、それでもやるべきことはやったんです。しかし8月末から11月末までの3ヶ月では到底もとのレベルを取り戻すことは叶いませんでした。

面接では準備したことはそこそこ言えましたが、予想外の質問に対してはぼろぼろでした。言うべき内容はあるんですが、持っていたはずの英語力を上手に使えないんです。当然聴解力も落ちています。"good command of English" と"listening comprehension" という評価項目がありますから、この二つはアウトでしょう。ただ単語ばかりがワラワラと頭を駆け巡ります。無惨なものでした。

大事な投稿が続く最中に、個人的なことを長々書き連ねてお邪魔しまいました。申し訳ありません。
 

つづきのつづき

 投稿者:Naima  投稿日:2009年12月 1日(火)20時57分1秒
編集済
  村田先輩が午後の早い時間帯で電話レッスンを受けられるということなら、素読舎への入門者の幅も広がります。

素読舎の方式に強い関心をもっている英語塾の講師もいましたが、時間帯が夜のため入門が叶いませんでした。当時彼女が私に素読舎方式の説明を求めたので、知っている限りのことを伝えたところ、それを自分なりに適当にやっているようです。もともと國広氏の「只管音読」を売りにしていた人です。「素読」という言葉は掲げていませんが、問題ですね。必ず根石さんの了解を取って欲しいと言ってはおいたのですが。

こういう不埒な人達が出るのを防ぐ為にも、素読舎の英語に関心のある英語塾の先生向けのお昼間の電話相談室があるといいですね。そこから素読や音読による英語指導に興味を持っている塾の先生達を訓練する機会も出来ます。私のところにそういう要望が入れば戸倉分室を紹介することも出来ます。

それよりも、まず、とりあえず、私を入れて頂きたいんです。ご検討下さい。よろしくお願いします。
 

つづきです

 投稿者:Naima  投稿日:2009年12月 1日(火)20時16分6秒
編集済
  この秋、長野に伺った折り、ご相談しようとは思っていたのですが、出来ずに帰って来ました。どうも身勝手な条件のような気がして言い出せないままでいました。根石さん、爆発するかなぁ、と。実は、口べたなんです。誰も信じてくれませんよね。無駄口はバンバン叩きますが、肝心なことを口頭できちんと言えません。長野県民は議論好きとも聞くし...こてんぱんにやられそうで...

根石さんの期待を裏切っていることはず〜っとず〜っと気がかりでした。しかし素読舎の仕事は片手間には出来ない。夜の電話レッスンも無理。

裾野を広げるお手伝いなら出来るかもしれないと思いました。1年後にでもホームページで公募できる運びになればいいんですが。

苦肉の策、というわけです。
 

村田さん

 投稿者:Naima  投稿日:2009年12月 1日(火)19時59分23秒
編集済
  来年1月より週1回でも2回でも素読舎の電話レッスンを受講させて下さい。教材は本当に基礎の基礎のものを選んで教えて頂きたいのです。私が近い将来、奈良分室を再開した時に使える教材を選んで頂けると嬉しいです。水・土・日曜日以外の12:00頃はご都合いかがでしょうか。

今回ガイド試験を受験してみて、中学生英語について考えさせられました。通訳ガイド試験というのは難しいと言えば難しい試験です。日本の神道と仏教文化について説明する場合、「神仏習合」「多神教」「みそぎ」などなど難しい英語を覚えなければなりません。

ところが、実際の観光客は、英語圏からばかりではありません。この難しい内容を英語圏以外の人々に説明するばあい、中学生英語で十分なのです。中学生英語で十分ではありますが、中学生英語で難しい内容をやさしく解くのがまた非常に難しい。

もう1つ、ガイド試験や英検1級を受験する人達は一応「上級者」ということにはなっています。なってはいますが、前にも言いましたように、三単現や複数のS、冠詞の付け間違いや脱落が頻繁に起こります。またゆっくりと噛みしめるようにしゃべる時には、こういう現象はおこりませんが、あわてたり強い感情に駆られてしゃべると、ガタガタになります。通訳やガイドといった職業を目指している人達も、こういう「癖」の矯正に苦慮しています。

中学3年間の英語をきちんと体得出来ている上級者はいるのか。

こういうことは素読舎のメソッドを基礎からきちんとやっている人には起こりにくいのではないかと思っています。もしそうなら、上級者のやりなおし英語としても効果があります。自分がモルモットになって試してみたいという気持ちもあります。

つづき、また書きます。
 

村田さん

 投稿者:Naima  投稿日:2009年12月 1日(火)19時16分28秒
編集済
  素読舎のメソッドによる基礎作りの大切さをますます感じています。「映画のシナリオ」や「茶の本」ではなく、「中学生教科書べらべら読み」などの基本的なレッスンを受講したいのです。シナリオや「茶の本」は内容的には楽しいのですが、今自分に必要なのはメインテナンスではなく「基礎体力作り」です。

自分自身の英語のやりなおしと同時に、奈良分室を再開するための準備でもあります。

素読舎分室を再開せねば、という気持ちはずっとあったのですが、二股も三股もかけて仕事しているような私には素読舎のカリキュラムを全面的にカバーするということは不可能に近く、片手間に始めてもご迷惑をかけるだけだとあきらめていました。

数年前、分室として募集をかけたのですがままならず、私の英語教室の生徒達からは1人だけでした。しかし英語をやりなおしたいという主婦になら需要があるかもしれないと思い立ちました。自治体主催の主婦向けのカルチャークラブなどの英会話クラスはとても人気があるのです。お昼の時間帯というのもいいのです。

私のホームページで「素読舎分室:やりなおし英語」のクラス募集をし、週に1〜2回、午前中に自宅を道場にします。個人的には中学教科書がいいかと思っているのですが、これは根石さんや村田先輩にご相談の上決めて頂かねばなりません。

私は1科目だけを扱わせて頂いて、それを終了した生徒には、根石さんや村田さん、吉さんご夫妻の電話レッスンに進んで頂くという魂胆です。勘違いな入門希望者をふるい分けるお手伝いにもなろうかと思うんですが。

それにはまず私が村田先輩からみっちり指導して頂かねばなりません。中学教科書レベルの英語をきちんと体得するということをあなどってはいけないなあと思っています。

つづき、またすぐ書きます。
 

吉さん

 投稿者:村田晴彦  投稿日:2009年12月 1日(火)16時53分49秒
  提案どうもありがとうございます。
旬のものや重要と思われる記事、時系列の順番にやることはないですね。
ホームページに「語学論」の一項目を設けて、過去ログ倉庫のものなども移動させようと思います。
 

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