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村田さん

 投稿者:小川  投稿日:2010年 2月10日(水)06時47分12秒
編集済
  おはようございます。村田さんは夜更かしですか、早起きなんですか?私はゆうべ、たけさんと馬の骨さんの中に割ってはいって余計なことを言ったのではないかと、夜通しウジウジしていて徹夜してしまいました。あらためて、たけさん、馬の骨さん、ごめんなさい。

さてさて、村田さんのおっしゃるように am not ひとつでもいろいろあるんですねぇ。確かに、いろいろな辞書を引き比べしてみないとわかりませんね。

>付加疑問では am I not が文法としては「正式」で、くだけた使い方としてarn't I がある、ということですね。

そうみたいですね。amn't は文法にも適っていて捨て難い気がしますけどね。使い易くて便利ですやん。

amn't の発音、こちらで聞けます。村田さんの調べて下さったとおり [a:nt]となってます。

http://www.merriam-webster.com/dictionary/amn't
 

小川さん(amn'tについて)

 投稿者:村田晴彦  投稿日:2010年 2月10日(水)04時54分52秒
  月曜日に調べたのはジーニアス英和大辞典とリーダース英和辞典でした。
ジーニアスの方には
「am not の縮約形(◆俗語では、are not, is not, have not, の短縮形としても使用)」
となっていました。
また、リーダースの方では
「≪スコットランド・アイルランド・米方≫ am not の短縮形」
と書かれていますので、小川さんが挙げてくれた   http://8100.teacup.com/ooburoshiki/bbs?M=JU&JUR=http%3A%2F%2Fwww.urbandictionary.com%2Fdefine.php%3Fterm%3Daren%27t%2520I   と同じですね。

amn'tという言い方はあるが、はあまり使わないということですね。
ジーニアスだけ見て、普通の言い方だと思ってしまいました。
辞書もいくつか比べてみないといけませんね。

また、ain'tではないのですが、リーダースの方でan'tの発音の一つに/a:nt/がありました。
付加疑問で arn't I を使うのと通じているのかなと思いました。

付加疑問では am I not が文法としては「正式」で、くだけた使い方としてarn't I がある、ということですね。
 

根石さん

 投稿者:小川  投稿日:2010年 2月10日(水)00時05分14秒
  お加減いかがですか? 今日、ハリマオが届きました。ありがとうございます。  

たけさん、馬の骨さん

 投稿者:小川  投稿日:2010年 2月 9日(火)23時47分52秒
編集済
  たけさんや馬の骨さんののおっしゃっていることに反対しているわけでもないんです。ディベートを中学や高校の授業に取り入れることに賛成しているわけでもないんです。

以前、シャドーイングの是非やら多読の有効性などについて議論があった時もそうだったんですが、シャドーイングや多読についての認識が違うと話が噛み合ないんです。ディベートなども実際にはどんなものか知らずに「勝つための議論」と決めつけてしまっては、まともな評価ができないじゃないか、そう思っただけなのです。それで横入りしました。ある程度知識があった上でそういう評価をされるのなら、それはそれで意味のあることです。

だから気を悪くするとか、そういうレベルの話ではないんです。それに私、フォーマルディベートが英会学校の授業に組み込まれていたので、嫌々やってましたから。たけさんを批判しているわけでも誤解しているわけでもありません。

一般的なディベートは「論議を尽くす」ということで、選挙戦などの時に政治家が公開ディベートをやってますね。当事者達は勝ち負けを意識してやってるんでしょうが、有権者はディベートを通じて彼らの資質や人品を評価してるんでしょう。議論に勝った方に投票するとは限らないですわね。

教育の場で「ディベート」というと、私が書いたような目的で、きちんときめられたフォーマットに従って行われます。一般の英会話学校や高校では、賛成と反対の2チームにわかれて、簡略化した形で行われていると思います。

>大学生や高校生がディベートをする事が良くないとか、悪いとか言ったつもりは
なかったのですが、どこか誤解を招く書き込みでしたら、すみませんでした。

誤解はないです。なんで謝られるんですか。私は先にも言ったように、高校生にディベート授業をすることを良いと言ってるわけでもないのでして。

こちらこそ言葉足らずの蘊蓄垂れ流しで申し訳なかったです。
 

江戸の母さん

 投稿者:たけ  投稿日:2010年 2月 9日(火)22時35分34秒
  ふふふ。
“よるくま”で不安になっちゃった息子が、
今根石さんにレッスンしていただいている息子になりました。(笑)
我が家は一人っ子です。今春中学生になります。
はやいですね〜。
あの頃はあどけなくてかわいかった…のに…f(^_^;)

メールはかまわないのですけど、どうやってお伝えすれば良いのでしょうね?

それでは、今週も頑張って音読練習しま〜す!

そう言えば、最近「頬のあたりがすっきりしたんじゃない?」ってよく言われます。
もしかしてこれって、私の百面相状態での素読効果なんでしょうか???
もしかして、小顔効果もあり?とか????
 

馬の骨さん

 投稿者:たけ  投稿日:2010年 2月 9日(火)22時28分26秒
  >自分の実感とか身体というものを、かけがいのない自分の言葉、
>「血の言葉」を日々、探し求める人生のほうが、
>何が起ころうと後悔のない人生を送ることができるでしょう。

ありがとうございます。
この事は心に強く留めておこうと思います。
 

小川さん

 投稿者:たけ  投稿日:2010年 2月 9日(火)22時26分51秒
  小川さん
はじめまして。
ディベートの詳しいご説明をありがとうございました。

>ディベートを「勝ち負けを競う討論」としてしまっては、
>誤解に基づいた理解しか生まれません。
>ディベートが単に議論に勝つための技術を教える手段だというのは偏見です。

確かにそうですね。ご指摘の通りです。
「勝つための技術を教える手段」というのをディベートの全てと捉えず、
一つの要素と捉えるべきでした。

>英会話学校や高校・大学でディベートをカリキュラムに加えるのには、
>それなりの理由があると思います。

私があの時思ったのは、大学生や高校生にならともかく、
中学生という、まだ大人とは言えない、でも、
もう子供とも言えない、自分自身の事もまだよくわかってない年齢の子供達に、
そう言う性質の議論法を教えるのはいかがなものか?
と言う事でして、それを思ったまま書かせていただいたのです。
大学生や高校生がディベートをする事が良くないとか、悪いとか言ったつもりは
なかったのですが、どこか誤解を招く書き込みでしたら、すみませんでした。

ともあれ、ディベートがどのようなものかが、小川さんの説明でわかりました。
どうもありがとうございました。

今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
 

たけさん

 投稿者:江戸の母  投稿日:2010年 2月 9日(火)15時49分42秒
  たけさん お子さんっておいくつなんですか?なんて聞いてみたくなっちゃいました。
レッスン受けているお子さんと、よるくまで不安になっちゃうお子さんは別なのかな?
個別メールを送ってよければ、教えてください。って、私が公開すれば良いのですが、
やり方がわからないな。

でも、レッスン苦闘しつつ楽しんでいるようですね。ほんと、最初の方は、大変だけど
楽しい。あらら、私の身体はどうなっていくんだろう〜と驚きの連続ですよね。

ディベートですが、私は一度もそういう体験が無かったので、一度やってみたいのです。
ディベート能力に打ちのめされました。悔しい思いをしたもので、その技術が少しでも
身につけられていればと思ってます。小川さんに書いていただいたので、方法や目的などもよくわかりました。自分の意見と違う意見をひいちゃうこともあるのですね。そしてチーム戦というのも初めて知りました。びっくり。「早口でよどみなく」なんて、無理だな(汗)

しかし、得るものは多そうですね。
ただ、ディベート能力が長けてるひとだけが人の上に立ってばかりの世の中なら
まったく困っちゃいますわね。

馬の骨さんの言葉 私の本日の収穫として胸に刻ませていただきます。
 

たけさん

 投稿者:馬の骨  投稿日:2010年 2月 9日(火)13時23分0秒
  ひとは何のためにいきるか、ということは
わからないです。

議論に勝つための人生では、空しい自分を抱えることになるでしょう。
そして、必ず「病気」になる。そこには自分がいないからです。

自分の実感とか身体というものを、かけがいのない自分の言葉、「血の言葉」を
日々、探し求める人生のほうが、何が起ころうと後悔のない人生を送ることができるでしょう。

公教育などあてにしないほうがいい。過去の古典を読んだほうが「自分に出会える」のです。
現代まで生き残った古典は、すべて自分の血の言葉で書かれています。

本当は、みんな知ってることなのです。
 

たけさん

 投稿者:小川  投稿日:2010年 2月 9日(火)13時02分48秒
編集済
  ディベートを「勝ち負けを競う討論」としてしまっては、誤解に基づいた理解しか生まれません。ディベートが単に議論に勝つための技術を教える手段だというのは偏見です。確かに馬の骨さんがご指摘のような側面もあるのでしょうが、ディベートにも利点はあります。私なんぞより吉さんの方が良くご存知だと思うので、もし間違っていたら教えて下さい。

英会話学校や高校・大学でディベートをカリキュラムに加えるのには、それなりの理由があると思います。結果としての勝敗は問題ではありません。

私が英語学校で習ったフォーマル・ディベートはこうでした。日本語でも同じだと思います。

まずある一つの時事問題をトピックに取り上げ、反対チームと賛成チームに分け、資料を集めて読んだり、ビデオや映画を見たりして準備するところから始まります。「読む・聴く」の技能をつけるのが狙いです。

次に資料を元にスピーチ原稿をまとめあげ、それを頭に叩き込まねばなりません。それぞれが主張したり反駁したりする時間と順番はきちんと決められています。チームワークが必要です。また持ち時間内で出来るだけ沢山の論拠を示さねばならないので、沢山主張したり反論したりしたければ、出来る限り早口でよどみなくしゃべる方が有利です。スピーチ原稿は講師に添削してもらい、生徒はそのスピーチ原稿を何十回となく声に出して読むことになります。ここでは「書く・話す」の2技能をつけるのが狙いです。

与えられたトピックに対して、自分自身が反対の立場であっても賛成の立場に振り分けられる場合が多々有ります。準備段階で、自分の意に添わない資料を延々と読む内に、自分の無見識やら偏見やら誤解やらに気づかされることも少なくありません。

高校の英語科に通っていた教え子達はディベートを教えられていました。ひと昔前のことです。先生達はトピックを与えるだけで、資料集めや原稿の添削などについてはきめ細かなフォローをしていなかったようです。いわば「最新流行」の授業に先生達も手探り状態だったのだと思います。放し飼いならやらない方がいいなあと思います。

本音を言うと... 私自身もディベートは嫌いなんです。その頃は「尊厳死」やら「臓器移植」などの重たい問題を、英語能力向上の為に利用しているようで後ろめたさを感じてました。
 

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