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村田さんのメモに反応したら、、

 投稿者:  投稿日:2009年 7月 3日(金)09時09分38秒
  通報 編集済
  村田さんのメモに反応したら、ダラダラとした長い書き込みになってしまいました。(爆)
毎回すいません。 今日は、仕事はお休み。 中華街に行ってきま〜す。

村田さん

> 「吉さんは舞踏の大野一雄さんの本は読まれてますか? 」

いいえ、、この方の名前は初めて聞きました。
いつもすぐにネットで調べちゃったりするのですが、先入観なしで本に書かれている活字に触れてみたいです。
検索するようなことなく、お言葉に甘えて、期待して待っちゃいますよ!!

> 「舞踏・舞踊、武道、身体性。
> このとりあわせはありがち。」

たしかに、、、このことは、書道や絵画、歌や音楽の世界にもひろがりますね。

> 「しかし、さらに語学をつけくわえることができるのは、素読に自覚的な語学論だけ。」

ぐぐっ、、、これは、難しい言葉をかきますね。 (^-^;
こういう抽象的な表現が、僕に「考えるキッカケ」を作ってくれるのですが、
そういうところが根石さんにくりそつ。 あ、、ごめんなさい、、村田さんのメモに反応しちゃって、、。

僕にとっての語学論は、絵描きの永沢まことさんがいうところの「自分の線さがし」と同じだと感じています。

・・・・・ 引用 ・・・・・

 あいまいな気持ちがあいまいな線を引き、
 手なれた気分が手なれた線を引く。

 やさしい気持ちがやさしい線を引き、
 激しい気迫が激しい線を引く。

 あいまいな気持ちがあいまいな色を塗り、
 よどんだ気分がよどんだ色を塗る。

 明るい気分が明るい色を塗り、
 自由な気持ちが自由な色を塗る。

永沢まことさん 今月のひとこと 「線と色 '06から'07へ」より
http://www.makoart.com/Hitokoto/hitokotoBackNoCnts.html

・・・・・・・・・・・・・・

僕はこの言葉が大好きなんですよ。 特に『あいまいな気持ちがあいまいな線を引き』の部分。
根石さんの娘さんのブログを読んで、僕の頭の中のどことリンクしたのかわかりませんが、
以前読んだことのある永沢まことさんのHPに書いてあった言葉を思い出したので、
紹介したくなっちゃいました。 (^-^)
(思い出したのは良いけど、引用元を探すのが大変でした〜〜。)

僕のことを引用魔と呼んでください。 触手がいろんな分野とからんでいます、、ナハハハ、、。
他人の書き言葉を、自分の都合の良いように解釈します、、。 自分の主観と絡めてごめんね、永沢さん。

「自覚的な語学論」は、「自分の線さがし」と同じだと感じています。
(村田さんの考えと、大きくズレていましたら指摘してくださいね。 )
ちなみに僕は、この「自分の線」に、イメージ核やら語学の核やら人生やらが凝縮された、
根石さん風にいうと「イデア」だとか「イデー」とかいうものが存在しているだろうと考えています。

さてさて、、村田さんは、「自覚的な語学論」のまえに「素読に」とつけているのですが、
これがついているかいないかで、この文章は大きく意味が変わりますね。
「素読」(種を持たせるだけ)を主体でいく教育論が重要だと思います。
(ここで初めて僕の語学論と教育論がつながりました。)

>>(こばたまさん) 悪意を持ってやってきたとは思っていません。
> (根石さん) それはそうでしょう。しかし、「地獄への道は善意で敷き詰められている」という言葉もあります。

根石さんのこの言葉↑ですが、これはすばらしい一言だとおもいました。
親の「愛情」というオブラートに包まれた「子供に対する悪害」にどう訴えようか悩みます。
多くの場合、自覚症状がないのです。 「種は持たせるだけ」でないとダメなのに、、ね。 根石さん、村田さん、、。

メソッドだけ取り入れて理念や理論は無視の人が多いのです。
どんぐりの場合だと、「やりかたを導いちゃう」「解法を教えちゃう」、、
そういうことをするお母さん達が多いのです。 (私もやりました。)
糸山氏は、それをすると子供の何かをつぶすからやらないように言っているのに、、。

「やり方を教えることのどこが悪いの?」と聞かれました
「素読して、、、それでどうなるの?」って聞かれたこともあります。
やっぱね、、、カンフーパンダから再び引用するしかないでしょう(爆)。

・・・・・・・・・・・・・・・・・
マスター「支配できるという幻想をすてなければ、、、」

シーフ 「幻想?」

マスター 「さよう、、例えばこの桃の木。
     私の望む時に花を咲かせたり −−
     実をならせることはできないでしょう。」

マスター 「ただただ 信じるのです」

映画 「カンフーパンダ」より、、
・・・・・・・・・・・・・・・・・

武道、絵、音楽、書道などなど、、語学論は、根底でつながっていると思います。

> どちらが正しいのでも間違っているのでもなく、
> 根石さんは根石さんなり、私は私なり、と
> その人なりにいろんな方法があってよいのではないでしょうか?

Jackieさんのこの言葉に最初は「そうだよね〜」と思ったのですが、やはりここをじっくり考えます。
「そうです」、、とも言えますし、「違います」、とも言えます。
なんと言っても、「地獄への道は善意で敷き詰められている」というケースもあるそうですからね。
問題はいろんなところと絡みあっているのだと思います。
根石さんの「種を持たせるだけ」が、いちばんシンプルで確実だと(今の僕は)考えております。

 あいまいな気持ちがあいまいな線を引き、
 手なれた気分が手なれた線を引く。
       by 永沢まことさん


Jackieさんにも書きましたが、感情をこめた読み方も理論があれば「あり」だとは思っているのです。
でもね、Jackieさんは「やっぱり私はアバウト大雑把なのですね」と書きました。
この「アバウト」が気になります。 「あいまい」という言葉では覚悟が足りないと感じちゃいます。

おお〜〜〜、、そういう自分も(読み返してみると)論点がぼやけたアバウトな今日の書き込み。
今日、私の職場のチームはお休みです。 朝からのんびり投稿しちゃってます♪


<< またまた上の書き込みとは関係ないけど、ここに書かせてください >>
○ 江戸の母さん、、もうちょっと返事まっててくださいね。 書いてはいるのです。 投稿してないだけ。
○ もうひとつ江戸の母さん、、激怒したお父さんのコメントが早く読みたい! 私のHPにもリンクさせてください。
○ 子子子(こねこ)さん・・ ブログ、リンクさせてください。 永沢さんの言葉は語学論とリンクしませんか?
○ 村田さん、「赤めだか」が無事届いたようですね。 良かったです。
 
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