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Naimaさん

 投稿者:村田晴彦  投稿日:2009年 6月30日(火)14時06分17秒
  蔵出し、ありがとうございました。  

江戸の母さん

 投稿者:村田晴彦  投稿日:2009年 6月30日(火)14時05分9秒
  ホームページ、リンクさせてもらいますね。
素読+ロック=sodorok ですね!

ロックのお話も期待してます!
 

吉さん

 投稿者:村田晴彦  投稿日:2009年 6月30日(火)14時00分40秒
  「赤めだか」
読んだことありません…ていうか初めて知りました。
最近、全然書評などをチェックしてないもので…(恥

私からは何を贈らせてもらいましょう…。
吉さんは舞踏の大野一雄さんの本は読まれてますか?
 

らくださん(意味のまとまり)

 投稿者:村田晴彦  投稿日:2009年 6月30日(火)13時47分28秒
  >区切りを入れるというのは、区切りの単位で回転させるということでしょうか。それとも、回転の単位はセンテンスまるごとだが、読む時に区切りで一息入るということでしょうか。

基本的に、区切りの単位で回転はしません。あくまでも、1文単位で回転します。区切りは、読む時に一息いれるです。

>区切る位置の正しさについて、最終的には「ネイティブの感覚」に寄りかかり、確たる根拠を学習者に示さないのでは学習効果は疑問、まして学習者自身に「区切りを入れてみよう」などというのは...という内容が書かれ
区切る位置の「正しさ」っていうのがどういうものを指すかにもよると思いますが…。
例えば "I have a camera." という文を読む時に、”I have a / camera."という区切り方で読まれてしまうと、それは直させてもらいますね。冠詞+名詞でセットになっているという形式はくずさないでくださいということで。
あとは、意味が通る読み方ならOKではないかと思います。コーチ側からの標準的な区切りは提示しますが。

SIMに関しては、文頭から意味をとっていくっていう読み方が私にとって斬新でした。私が高校生の頃は、たぶんSIM以外にはなかったんじゃないかと思います(少なくとも長野の田舎では目にできませんでした)。今は大学受験レベルの参考書でも普通に取り入れられてきていますが。
文の切り方に関しては、あんまり覚えてません。

最終的に「ネイティヴの感覚」によりかかって区切りを入れているならば、学習者自身に同じように区切りを入れるのはとても難しいでしょうね。私は自身ありません。SIMはもうテキストが散逸してしまったので確認できませんが。


>根石さんが「切断読み」について、一語一語ぶつ切りにして単語と文法のイメージを強化していく、という主旨のことを書かれているのを読んだ時に、おおっ、と思いました。
>
>回転読み→電圧装置→切断読み
>
>と練習を進めることを前提とした場合、学習方法として、「意味のまとまり」をはじめから意識した学習をする必要自体、ないのかもしれない、という「常識破り」を感じたのでした。

「英語のどんでんがえしのやっつけ方」の頃までは、コーチという考え方が明確ではなかったと思います。
回転読み→電圧装置→切断読み という進め方は、どちらかというと高校生以上が独学用という性格が強いと思います。
独学の場合、読みに関しても、自分で法則を見つけるまでに様々な試行錯誤を経て、自分の解釈が大外れではないと納得できるまでにかなり時間がかかると思います。

コーチの役割は、ある程度の道しるべをつけて、長い目で見た最短ルートを作ることを手助けすることだと思います。。
生徒さんの方では、その道しるべを参考にして、自分のルールを作り上げていく。
素読舎の現行のテキストは、コーチつきで「塾生の独習としての回転読みと技法グラウンド」と「電圧装置(のもととなるもの)」をほぼ同時進行で進めていくため、長い目で見ると最短距離で英語をものにできるようにできています。
 

蔵出し

 投稿者:Naima  投稿日:2009年 6月30日(火)13時25分8秒
編集済
  2992 文法について(3) 投稿者:根石吉久 投稿日: 5月22日(水)01時53分05秒

 初心者のひとまずの目標は、「音づくり」と「イントネーションの自己決定力の確立」だというのが私の持論ですが、この段階で、すでに文法(的意識)がからみます。意味がわかってこそ、イントネーションは自己決定できる。その時に、文法的理解は媒介されるはずです。
 逆から言えば、本当の初心者は、イントネーションが自分で決められない人のことです。
 この段階では、コーチなり、音声複製教材という「他力」あるいは、「モデル」が必要です。自分以外の人や教材が作り出すイントネーションを真似することでイントネーションをなぞり、作るしかありません。
 また、この真似をするのに、どんどん口を動かして口を動かしやすくするような「音づくり」の過程が先行する(か同時進行する)必要があります。ですから、私の(「磁場」を欠く場での練習順序の)私案では、最初に「音づくり」があります。

ー中略ー

まずは、「他力」あるいは「モデル」にならうことで「音づくり」を兼ねながら、(他力から成る)イントネーションを備えた文を一定量インプットする。次第に、法則性を見いだそうとする文法的意識を備え、既存の文法知識を媒介にし、そこから生まれる理解を媒介にし、(同じ文に繰り返し立ち戻る=「復習範囲を手放さない」ことで)音と意味が一緒に動く状態を作り出す。
 この全体を繰り返すことで、醸されるのが、「イントネーションの自己決定力」です。 これには、(いわゆる)正しい発音も、意味(的理解)も備わっているはずです。
 この過程で、文法的意識は働いており、文法的知識は媒介にされ、次第にセンスと化して動くようになります。もはや、知識ではなく、すばやい種々の点(センス)の連続的な移動となります。

 これが、私が考えている「使える英語」の基体です。
 文法的知識は、理解を媒介にし、イメージを確定するためにも必ず必要なものです。

 言葉にして言えば実に面倒ですが、私がレッスンでやっていることは実にシンプルです。

 文法的知識は、知識のレベルを脱して、センスとならなければならない。
 これは語学をやる人が、とりわけ意識していないだけで、誰でもがたどっている過程です。(これに対して意識的になれれば、語学論が立ち上がるでしょう。)

 イントネーションが「自力」で確定できるようになった人は、斎藤さんが言われるように、どんどんインプット量をかせぐ段階に入ればいいと思います。インプット量を急激に増大させる必要のある時期が来たら、必要な練習です。この時期では、浜谷さんが推奨しておられる多読も大いに有効です。
 この段階では、基礎体力ができているので、相当きつい「雑食」に耐えられるようになっています。

ー以下略ー
 

江戸の母様

 投稿者:Naima  投稿日:2009年 6月30日(火)12時51分9秒
編集済
  おっ、さくらんぼやっ、佐藤錦かな〜、うう、よだれが..

失礼しました。 m(__)m



>「I like dogs」で、すご〜くだるそうにくら〜く発音してる息子・・・

微笑ましくて、おもわず投稿しました。くらーく、だるーく、この文を読むと、さしずめ、

ああ、犬ってすきだよ、ったく。世話やけるってか、たまにはいいけど、ちょっとうんざり〜、

という感じですか。息子さんはまだ意識しておられないにしろ、文脈や状況によっては、そういう読み方もありです。(^^) 将来が楽しみですね。


吉さんの奥様の

「あなたの解釈でしょ」

補足説明などいらないほどです。名言。「一発でしとめる」言葉、好きです。
 

☆ありがとうございます☆

 投稿者:  投稿日:2009年 6月30日(火)09時32分21秒
編集済
  こんにちは!素読舎の娘です♪
父の山形の生徒さんからサクランボをいただき、どうしてもお礼が言いたくて掲示板に書かせていただきました☆
サクランボ、とってもとっても美味しかったです♪♪息子と取り合いになるほどに。。。
お礼が遅くなりましたが、毎年本当にありがとうございます。

私は、5月からお店のこと、畑のこと、日々の暮らしのことを書いたブログをやっています。
今朝、サクランボのことを書きましたので良かったら見てください♪♪
 「雑貨屋 子子子(こねこ)の日々」
http://ameblo.jp/konekonekone/

http://ameblo.jp/konekonekone/

 

バカ親です

 投稿者:江戸の母  投稿日:2009年 6月30日(火)02時18分22秒
  私は絵本の読み聞かせのとき、大人数の前では
多少オーバーに読むようにしたりしてますが、
「感情をこめないように」って気持ちでいます。

なんでそうするようにしたか忘れましたが、
吉さんの奥さん、らくださんのコメント
を読んでなるほどな〜と思いました。

吉さんの奥さんの鋭さに恐れおののく!なんて大げさですが
ぜひとも私の悩み(育児)も聞いてもらいたいです〜〜なんて。

HP 見ていただいてありがとうございます。まだまだやりたいことがあるので
がんばりますね!

子供のレッスンの様子ですが、たまたま例文が
「I like dogs」で、すご〜くだるそうにくら〜く発音してる息子・・・
おそらくこの一文を発する時、自然と犬への愛情があふれるはずだとも思うのですが。

「英語」関連のテレビや教室ではありえなさそうなローテンションの風景に
一人で噴出しそうになってしまいました。思い出してもおかしい。ごめんよ。息子、
息子が掲示板を読む年齢になったら、消しに来ます^^

でも、「彼」なんて習っていない文字が読めるのは、素読の積み重ねだと思います。
「単数」なんて言葉が読めるのに「Emi」「Ken」のほうが読めないので
手招きして小声で質問してきます^^「He」のふりがなは「ひ」「She」のふりがなは「し」
このひらがなが、またしてもかわいらしいです。←バカ親

あと、レッスンが終わった次の列の単語「What」の読み方も聞いてきました。
そ、それは根石さんに聞いてね・・・
とにかく、テキストに向き合う好奇心、すごいなと思います。
英語の音もだんだん難しくなりますね。
 

読み聞かせ

 投稿者:らくだ  投稿日:2009年 6月29日(月)23時50分54秒
  音読時に感情を込めるかどうか、という問題を、私は好みの問題というか、大げさにいえば美意識の問題というか、その程度のことと考えていました。

この問題について真っ先に思い浮かんだのが、吉さんご指摘の、子供への読み聞かせです。私もずいぶん読み聞かせはやりましたが、感情を込めた読み方をするのがどうしても嫌で、淡々と読むことにしていました。そのうち、感情を込めた読み方をすると、子供の想像力が膨らんでいかない、といった意見を耳にし、なるほど、それは好都合だ、などと納得していたものです。

英語に関しては『感動する英語!』近江誠(文芸春秋)が苦手でした。「独裁者」のチャップリンになりきるなんて、私にはどうしても無理でした。何と言うか、お尻がむずむずすると言いますか...。つき合いきれないなと。尤も、これも学習者の好みの問題だと思っていました。
 

あなたの解釈でしょ、、、

 投稿者:  投稿日:2009年 6月29日(月)21時36分18秒
  (らくださんのコメント)
> 学習方法として、「意味のまとまり」をはじめから意識した学習をする必要自体、ないのかもしれない、
> という「常識破り」を感じたのでした。

「意味のまとまり」は、イントネーションにも深く関係しています。
根石さんは英文をドラマチックに読むことなく、(アクセントや発音は大切に読みますが)感情を殺してよみますね。
コーチ役の人間が、感情をこめて読むと、そこには「コーチの解釈」が入ってしまうわけです。
家内に言わせれば、「そのドラマチックな読み方は、あなたの解釈(イメージ)でしょ、、、
あなたの解釈(イメージ)であるかぎり、私のイメージではない」とそういうことになるわけです。

子供の絵本の読み聞かせで、家内は本当にこれを言いました。 はい。 英語ではなく、日本語の話です。
当時は、イメージという言葉ではなく、「解釈」と言いましたが、同じことだと思っています。

息子が幼稚園にあがった頃、言葉の獲得が遅かったので、彼のために絵本の読み聞かせを始めました。
小学校にあがったばかりの頃だったか、夫婦で話し合い、絵本の読み聞かせでは、感情を込めずにあっさりと読むことに決めました。
これは家内からの提案でした。 「そのドラマチックな読み方は、あなたの解釈(イメージ)でしょ、、、、」
僕には最初、彼女の言っていることが良く分からなかったのです。 今はすごくよくわかります。

机上では「音が先」ですが、実際の場面では、先に「イメージ」があります。
磁場に存在するイメージとは、発信者の気持ちのイメージであり、場の空気(文脈)のイメージであったりもします。
気持ちが怒っていれば、声も怒るわけです。 磁場でのイントネーションには正解しかありません。

磁場では、どのような言い方であっても(「区切り」も「イントネーション」も)、
場の空気(文脈)にぴったりはまってしまいます。  言い間違いも含めてすべて正解です。
そこに学問としての「標準的」な区切りだとか、イントネーションだとかをみいだすことは不可能です。

コーチする側の立場(たくらみ)を言うと、
机上でやる英語のベースとなる内声音を学習者に持たせる場合、、
なるべくフラットな(感情を想起させないイントネーション)を持たせたいわけです。
感情を込めたイントネーションは、学習者の中にある感情(イメージ)とリンクさせるのが自然です。

コーチの感情を込めた読み方は、学習者にとってそれが他人のイメージであるかぎり、日本でやる机上の英語には余計なものです。

特に初心者には余計なものだと思います。 このあたりの考えは、家内も同意してくれているのですが、
音とイメージの同致は、学習者本人がやらなければいけないのでした。
音とイメージを同致をさせる作業の手段に、学習者がCDやらDVDを媒体に使うのは問題ないと思っているのです。

(らくださんのコメント)
> 学習方法として、「意味のまとまり」をはじめから意識した学習をする必要自体、ないのかもしれない、
> という「常識破り」を感じたのでした。

「意味のまとまり(区切り)」は、文法・文型、、それから語法、
例えば「他動詞」というものがもつイメージだとか、そういうものに寄り添ったものになりますね。
村田さんが言っていた「標準的な区切り」というのは、「標準的な文法解釈」のことなのだと思っています。

コーチ側の人間は、文法・文型の角度からみた「標準的な音作り」を準備する必要があると思っているのです。
学習者のために、標準的と思われる「文法・文型」解釈を、コーチする側は意識する必要があり、
くどいようですが、感情を込めたイントネーションは、実際に会話をする場面で自然とリンクできますから、心配しません。

>(らくださんの)「意味のまとまり」をはじめから意識した学習をする必要自体、ないのかもしれない

学習者は、「意味のまとまり」をはじめから意識しなくて良いと思います。 レベルが上がってくれば、
私の家内がいうように、自分で「区切り探し」をやるようになってくれるだろうと信じています。

根石さんの「どんでん返し」からの引用です。
・・・・引用開始・・・・

言語より先に文法があるのではありません。
先に言語があり、その中から見つけだされた法則が文法です。
英語をやるにも、この順序は崩さないほうがいい。
英文とじかにつきあって、自分の思考力、イメージ形成力を強め、
自分で法則を見つけてしまうのです。

「英語どんでんがえしのやっつけ方」 根石吉久さん 村田晴彦さん 共著 小学館文庫 75頁より

・・・・・・・・・・・・

私の家内は「自分で区切りを見つけられるようにならないと、、」と言いましたが、
家内が言ったのは、上の根石さんの発言と同じことだと思っているのです。

感情を込めた読み方も、区切りも、他人のイメージであるかぎり、自分のものではない。
(^ー^)ノ  どうかな、、。

<< 上の話と関係ないけどここに書きます >>
根石さん、お礼をしっかり書くと言いましたがもうちょっとまってください、、ガス欠。
江戸の母さん、、すてきなHPですね、、今度ちゃんとコメントします。 待っててね。
Jackieさん、この書き込みに反応したいかもしれないけど、、ちょっと時間をおいてね、、、
エネルギー切れ切れ、、。 (T▽T)
 

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