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ゆっくり母さん

 投稿者:根石吉久  投稿日:2009年11月30日(月)08時24分21秒
   お書きいただきありがとうございます。
 私が一番気にしているのは、私が息子さんにレッスンを始めて少したった頃、ゆっくり母さんが「判断を誤ったかも」というような意味のことを書かれたことでした。
 だから、その後何か問題にすべきことが生じているのかいないのかが、私の最大の関心事でした。当時、Jackie さんやら吉さんが、「小学3年生」で英語を(?)始めることに危惧をしきりに表明されていました。
 人間の子供が文字に出会わなければならないこと、文字の存在を身体化しなければならないこと。問題はそれだけのことではなかったでしょうか。(将来的には結実させたいと思っていますが)「英語学習」なんかは、みかけの問題です。
 そこをゆっくり母さんはわかってくれていると思っています。
 

村田君

 投稿者:根石吉久  投稿日:2009年11月30日(月)08時08分21秒
  >前回のBさんのレポートに対する根石さんからのアドバイス記事です。

 Bさんの記事、それに対する当時のアドバイス、今回追加したコメントの順に並べて下さい。
 

村田君

 投稿者:根石吉久  投稿日:2009年11月30日(月)07時27分17秒
編集済
  >17.
>「回転読み」の最大の敵は空念仏的繰り返し。
>
>18.
>「回転読み」の完成形と空念仏的繰り返しは酷似する。気を抜いて「回転読み」をやれば、空念仏的繰り返しに簡単におちいる。

>これは僕なんかもとても気をつけなければいけないところだと思いました。

 「回転読み」でも、「技法グラウンド」でも、普通の「繰り返し」でも、繰り返しが持つ陥穽は常にあります。空念仏的繰り返しを破るのは、イメージの確かさだけです。それを確保する方法が、「切断読み」であり、その下準備としての「言いながら書きながら思う」です。

 それらすべての練習が、「イントネーションの自己決定力」に向かっているのだという話をK夫妻のレッスンの時に録音することができました。私にとっては重要なファイルです。「文全体の音の一連の型」と「イントネーションの自己決定力」の間にあるもの、その脈絡をしゃべれたように思っています。

 これまで、「回転読み」のことばかり書いてきたような気がしますが、ようやく最近になって「切断読み」に力点を置けるようになりました。

 「切断読み」のことをもっと書きたいと思っていますが、どうにも時間が割り出せません。今回も、「幼児英会話」関連の方に話をもっていくしかありません。

 「空念仏的繰り返し」を破るのは、日本の机上ではイメージの強度があるだけで、しかもそれを保証するのは意識の強度だけです。イメージの深度は、意識の強度によって決まります。この場合、すべてが自分の手柄です。個の手柄です。
 英語「磁場」では、「環境」の作用で、イメージの強度が意識の外部から保証(強制)されます。イメージの深度は、「環境」によっています。語学から見れば、そこに自分の手柄というものはありません。環境によって決定づけられたイメージというものが、自分の手柄になることはありません。「起点」が違います。
 「ぺらぺら」が自分の手柄であるなら、日本人が日本で日本語をしゃべることは、(子供の)自分の手柄であるはずです。そんなことがあるはずがない。知恵熱(言語獲得能力)の手柄ではあっても、「自分」なんてものの手柄であるわけがない。「自分」なんてものは、言語獲得の後にできるものなのですから。
 2歳、3歳の日本人の子供が日本語をしゃべり始めたところをつかまえて、それをその子の手柄にする人がどこにいるでしょう。子供が生まれる前から「磁場」はあり、「言語」は存在しています。語に触れて、子供はイメージを持ちますが、イメージの流れる順番は言語に規定されます。語(イメージ)が流れ、その順番がどう語を変化させるかによって、個別言語の文法とシンタックスを獲得していきます。主体は言語そのものにあります。最初に、イメージを持つ時、そこに個の(心の)手柄が点としてありますが、イメージが複数流れつづけて文法やシンタックスが形成される過程では、主体は個ではなく、言語そのものです。言語そのものがもたらすものだから、人々は2、3歳の子供が言葉をしゃべり始めたときに、それを子供の個の手柄だなどとは言わないのです。民衆は言語学者どもよりちゃんと本質を見ているということです。
 ここにおいて、私はチョムスキーの「生得文法」という考えに鋭く対立したくなります。やはり、子供の言語習得能力は「生得『能力』」であり、「普遍『文法』」や「生得『文法』」などというものは存在しないと言わざるを得ません。文法は、どこまで行っても、個別言語からもたらされるもので、「普遍『文法』」などと言い出した時点から、お化けを相手にしていることになります。もっとも、私にはチョムスキーを原文で読んだり、言語学に深入りするような時間の余裕がどこにもありませんので、基本的なところで誤読しているのかもしれませんが・・・。

 幼児英会話信者という者は、2、3歳の幼児の言語獲得「能力」をアテにしているのです。2、3歳で英語のシンタックスを幼児に注入した場合、ぺらぺらと英語をしゃべる馬鹿ができるかもしれません。2、3歳で注入し、その後もガイジンに触れさせ続け、「磁場」に渡らせれば、一丁あがりだと思います。しかし、そんな者が帰ってきて、日本語だけ使う日本人にお説教めいたことを言い始めた時から、私は蹴飛ばしてやろうと思います。というか、そのテの者に、例えばこの掲示板に少し語学論を書かせてみれば、その無惨さは人の目に見えることでしょう。まあ、その頃は私は生きてはいないでしょうけれど・・・。
 日常の磁場が日本語で形成されていても、幼児英語教室という「強制収容所」にいる時間が長ければ、英語のシンタックスが体内に形成されてしまうでしょう。それが、日本語のシンタックスを弱体化しないはずはありません。

 私は単にののしるために「馬鹿」と言っているのではありません。日本語のシンタックスが弱体化されてしまった者のことを、科学的に「馬鹿」だと言っているのです。

 語学の絶壁は、こんな馬鹿量産所とまったく別のところにあります。
 馬鹿な親がやりたければやるがいいのだ。できるものは、無惨でしょう。

 意識に発し意識に帰る過程(語学)と、「環境」だのみという信仰(幼児英会話)とはまったく違うのです。吉本隆明の用語で言えば、「自己幻想」、「対幻想」が「共同幻想」と「逆立する」というくらいに異なります。まったく位相が異なります。
 子供英会話で得られるものも、気楽な留学で得られるものも、深度は浅く、その英語は「環境」的です。「環境」によって決定づけられています。
 理想的な日本人の英語環境は、「空念仏的繰り返し」におちいる寸前の文に、「磁場」(「環境」)がイメージを注入し、「擦れ合う」こと、摩擦熱を出し続けることの繰り返しにあると思います。それは子供がやることではない。子供は日本語ひとつでもそれをやらなければならない存在です。また、英語フリークも「擦れ合うこと」「摩擦熱」までを含めて自覚的に語学をやることはないでしょう。
 本来は、語学が「磁場」を使い込むべきなのです。多くの「磁場帰り」は、「磁場」に左右されて帰ってくるだけです。「磁場帰り」の英語は、日本の机上で作った英語にくらべて「ぺらぺら」です。しかし、それは、「磁場」という環境に左右されてできた「ぺらぺら」です。「ぺらぺら」というのは、「左右されている・支配されている」という意味です。イメージの強度という基底そのものが、「磁場頼み」ですから、それは「左右されている・支配されている」なのです。強制され注入されたものですから、言うなれば、強制収容所にみずから望んで入って、その後に出てきたような意識の出来なのです。

 私が「俺は日本語ぺらぺらだぜ」と言えば、私の家族は笑うでしょうが、それは私の日本語が環境に左右されるだけではないと家族が知っているからでしょう。「ぺらぺら」以外の場面を生きていることを知っているからでしょう。口ごもり、苦渋にまみれる言語も生きるのだと知っているからでしょう。「ぺらぺら」は馬鹿にやらせておくに限るのです。

 「ぺらぺら」に憧れる時点で、なんというか人々はもうすでに「してやられている」のです。
 幼児英会話に子供を通わせる親をさして、もうずいぶん昔になりますが、私が最初に発した言葉は、「馬鹿」でした。それは今も変わりません。そして、「馬鹿」に何を言っても駄目だというくらいに、日本は病んでしまいました。と言いますか、親がそれだけ馬鹿なのだから、子供が馬鹿になることに何の不思議があるかというだけのことかも知れません。
 

OZ さん

 投稿者:根石吉久  投稿日:2009年11月30日(月)05時57分32秒
  >相手の方にテキストを渡して、本日スカイプで画面を確認しながら
検索の仕方、根石さんのスカイプ名、レッスン代振込口座を伝えました。
あと何か準備する事がありましたらお知らせ下さい。

 ていねいに準備していただきありがとうございます。
 最低、電話かスカイプで通話ができること、教材が画面かプリントアウトで読めることの二つが確保されればレッスンは開始できます。OZさんのお宅と、Y君のお宅とでスカイプ同士で問題なく話ができるかどうか、相互に呼び出し合ったりして試しておいていただけると有り難いです。回線の質について、この掲示板にお書き下さると有り難く存じます。
 念のため、二人一枠で使って下さる場合、レッスン代金は月額6千円であることもお伝え下さい。後は、特に準備ということはないと思います。

>根石さんと相手の方のスカイプ開通はどうすればよろしいでしょうか。

 お教え下さったY君のスカイプ名を、私のスカイプから見つける作業は完了しています。土曜8時10分に、お宅のスカイプとY君宅のスカイプの二つを私が呼び出します。どちらも、スカイプをオンラインにしておいていただき、呼び出しを待って下されば結構です。
 

村田君

 投稿者:根石吉久  投稿日:2009年11月30日(月)05時47分53秒
  >今日は、音声ファイル送受信の日です。よろしくお願いします。

多分覚えていると思います。昨夜は倒れ込むみたいに寝ました。またああいう状態になった場合は寝ている場合がありますので、携帯にかけてみて下さい。今日は、レッスンの仕事が終わったら、こちらから連絡するようにします。
 

ゆっくり母さん

 投稿者:根石吉久  投稿日:2009年11月30日(月)05時44分1秒
  >音声ファイル、たしか開始後ひと月かそこらだとおもいます。

 開始後まもなくは、私の方でもなかなか録音などしている余裕がありませんので、記録がなかなか残りません。開始後一月くらいのものでしたら、是非使わせていただきたいと思っています。ありがとうございます。
 

村田さんへ

 投稿者:ゆっくり母  投稿日:2009年11月30日(月)00時56分36秒
  音声ファイル、たしか開始後ひと月かそこらだとおもいます。  

根石さん

 投稿者:村田晴彦  投稿日:2009年11月30日(月)00時05分1秒
  今日は、音声ファイル送受信の日です。よろしくお願いします。  

自立練習報告

 投稿者:村田晴彦  投稿日:2009年11月30日(月)00時03分50秒
  「コーチ自立練習・10万行以降」
練習者名: 根石吉久、根石せい、村田晴彦
日時 : 09/11/28
進展度(説明部分を含めた総行数): 192行(99967-100159)
次回レッスン開始の文 : I'm sorry I'm late.


今までは、お互いに読む回数をチェックしていましたが、今回から
読んでいる人が、自分で5回から7回以上で自分が納得するま
で読むという形にしました。
 

ゆっくり母さん

 投稿者:村田晴彦  投稿日:2009年11月29日(日)23時47分24秒
  送っていただいた音声ファイルについて、根石さんと話してみました。
根石さんは、レッスン初期の頃の様子がわかるものがあればうれしいとのことでした。

送っていただいたファイルに収められている様子は、いつ頃のものでしょうか?
始めてまもない頃のだったら、根石さんの声がよく聞こえなくてもホームページ
に掲載させていただきたいです。
 

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